HD映像伝送の市場ニーズで普及に弾み?
PANもLANも、無線通信はギガビットの時代へ
2009/07/31
無線通信の世界では今、誰もが“ギガ”を狙っている――。近距離、中距離、遠距離のすべてで高速化した規格が策定されつつある現状を、こうした言葉でまとめるのは、千葉大学 大学院融合科学研究科情報科学専攻教授で工学博士の阪田史郎氏だ。2009年7月22日にワイヤレスジャパン2009で講演した阪田氏は、IEEE802系を中心に、PAN/LAN/MAN(WAN)の最新動向を説明した。また阪田氏に続けて講演したNECの小林佳和氏(企業ネットワークソリューション事業本部 企業ネットワーク開発本部 開発戦略部 シニアマネージャ)は、高速化技術などの概要について説明した。
立ち上げに失敗したUWB、PANは乱立?
LANよりも到達範囲が狭いPAN(Personal Area Network)の領域の注目は、60GHz帯のミリ波を利用した「IEEE802.15.3c」だ。10m以下で2Gbps以上の通信速度が出せるマルチメディア向けの通信規格だ。2005年3月にスタートした標準化作業は2009年中に完了予定で、動向が注目される。
似た規格に、ワイヤレスUSBでも採用されているUWBがあるが、「UWBは市場に出てこないのではという危惧があるほど遅れていて、4、5年は遅れている」(阪田氏)という状態だ。期待されたワイヤレスUSBが、有線のUSBほど速度が出なかったことや、北米、欧州、日本など地域によって使える周波数帯に互換性がなかったこと、法整備上の問題から屋外で使えなかったことなどから、当初期待されたデジカメへの搭載が進まなかったなどの理由があるという。市場が立ち上がらないUWBに代わって勢いを増しているのが、実績を積みつつ高速化を果たしているWi-Fiだ。Bluetooth SIGは高速化のニーズに対応するため、一時はMac層にUWBを使うという決定をしていたが、2009年4月にこれを変更。「Bluetooth 3.0+HS」では無線LANを使って最大24Mbpsにまで対応すると方針転換をしている。「UWBは風前の灯火(ともしび)のような状況で、Wi-Fiが置き換えた形」(阪田氏)。
無線PANで注目すべき動向は、家庭内でのHD映像の無線伝送という潜在市場と、これに対応すべく乱立気味に登場している各種規格や、「Smart Utility Networks」(IEEE802.15.4g)という。
「WirelessHD」「WHDI」「TransferJet」は、いずれも家電メーカー、半導体メーカーなどが集まって推進している近距離無線通信規格だ。それぞれ周波数帯や通信速度、利用用途などが少しずつ違っているが、IEEE802.15.3cと類似している。いずれもAV機器間でHD映像を転送することを想定している。これらはいずれも非802系だが、省電力や機器同士の自動認識など「802の議論に参加しながら、かつ、自分たちでいいものを策定している」(阪田氏)のが現状という。さらに、2009年5月には、インテル、マイクロソフト、パナソニックなど15社以上が参加する形で新団体「WiGig」が発足している。WiGigは60GHzのミリ波で6Gbpsを目指すとしていて、2009年末には仕様化される見通しだ。IPにも対応するなど、無線LANとも競合してくる。IEEE802.11nの高速版として期待されるIEEE802.11adと統合される可能性もあるなど、注目株という。
乱立気味のPAN向け無線通信規格だが、いずれもギガビット級の通信速度を目指している。これは「HDTV動画を無圧縮で送れる。圧縮が入ると遅延が入る。狙いは家庭市場」(阪田氏)という。
PAN関連でスマートグリッドは台風の目
無線PANでは医療方面の応用で期待されるBAN(Body Area Network)や、可視光通信(IEEE802.15.7)、メッシュネットワーク(IEEE802.15.5)などいくつか動きがあるが、「無線PANで台風の目となってくる」(阪田氏)と見られるのが、スマートグリッド(IEEE802.15.4g)だ。
スマートグリッドは電力伝送ネットワークで遠隔検針などを実現する一種のセンサーネットワークだ。もともとZigBeeなどが対象とする領域だが、UWB同様にZigBeeも普及が遅れている。一方、従来の技術先行と異なり、スマートグリッドには環境対策などの目標があるため、一気に普及に弾みが付く可能性があるだろうという。
次世代無線LANの「802.11ac/ad」は1Gbpsオーバー
無線LANのトレンドはギガビット化とメッシュ化だ。
これまでIEEE802.11bの普及から約10年。11Mbps、54Mbps(11a、11g)、100Mbps〜(11n)と高速化してきた無線LANだが、さらなる高速化が始まっている。現在標準化作業が開始され、2012年終了目標となっている「IEEE802.11ac/ad」の2つは、1Gbps以上の通信速度を実現する。11ac/adはVHT(Very High Throughput)とも総称される物理層の仕様で、それぞれ6GHz、60GHz帯を対象とする。
11nでの高速化のカギは、送受信に複数アンテナを用いるMIMO方式を採用したこと。11ac/adではさらに、MIMOを拡張して「マルチユーザーMIMO」とすることで、シングルリンクで500Mbps、3本のマルチリンクで1.5Gbpsの通信速度も実現できるという。「聖徳太子を思い浮かべてください。11ac/adでは複数アンテナで、同時に複数の人と通信することで高速化している」(小林氏)。
マルチユーザーMIMOは、信号に指向性を持たせることで実現する。APはそれぞれの端末に向かって信号を送る。もともとこうしたテクニックは“ビームフォーミング”と呼ばれ、携帯電話向け技術で使われていたほか、11nにもオプションとして盛り込まれていた。使われていない技術を11ac/adで標準に盛り込むことで既存ベンダが投資を回収できる、という狙いもある。
11ac/adでは11nとの互換性に配慮していて、物理層のパラメータや、MAC層のデータフローを限りなく11nに近づけるよう設計されているという。すでに出荷中のチップや製品を持つベンダに配慮した格好だ。
11adは60GHzを利用するPAN規格の802.15.3cなどと競合する。高速な映像ストリーミング用のMAC層のプロトコルを規定する802.11aaと合わせて、11ac/ad/aaは家電メーカー系の規格と重なる領域だ。無縁LANの実績から11系が普及するのか、あるいは今後、WiGigなど家電メーカー各社が取り組む規格と統一されていくことになるのか、動きが注目される。
無線はメッシュネットワーク化
もう1つ、無線LAN関連で注目の規格はメッシュネットワークを策定する「IEEE802.11s」だ。複数のアクセスポイント間を相互に接続。各アクセスポイントが経路制御やQoS制御を行う。メッシュ化により、通信距離の短縮による省電力化、負荷分散による性能向上、迂回経路による信頼性向上、電波出力を低く保ったまま通信範囲を拡大、などのメリットがあるという。
現在は端末はメッシュに参加させない方式だが、将来的には端末もメッシュに組み込むなど「研究者としては、メッシュが立ち上がって、さまざまな技術を検証していきたい。無線LANの新しいマーケットを切り開くのではないかと期待している」(阪田氏)という。
メッシュネットワークは、家庭やオフィスだけでなく、キャンパスや公衆アクセス、災害現場、軍事利用などでの応用が期待できる。ただ、メッシュネットワークの分野では、すでに10社以上が独自仕様のメッシュを実現しており、標準化された11sが普及するかは未知数だ。
また、11sとは直接関係しないが、UWBのようなPAN向け無線通信規格として、手軽に1対1でデジカメのようなデバイスをアドホックに接続する「IEEE802.11z」の策定も進んでいて、11sよりも先に11zを策定しようという議論の流れがあるという。
無線MANのWiMAXも1Gbpsへ
UQコミュニケーションズによる商用サービスがスタートして注目を集めるモバイルWiMAX(IEEE802.16e-2005)だが、無線MAN関連を規定する「802.16」でもギガビット化に向けた拡張は始まっている。2010年中にも標準化される見通しの802.16mは1Gbps以上の速度となる。現在のモバイルWiMAXが時速120kmまでの移動通信に対応するのに対して、802.16mでは250kmの高速移動にも対応するという。802.16mは携帯キャリア系の4Gと競合する。このほか、802.16関連では、マルチホップ中継を規程する16jも策定が進んでいるという。
PAN、LAN、MANでギガビット化が進む無線通信規格だが、「2011年にはすべての距離の標準が出てくる」(阪田氏)。2011年には地上テレビ放送のデジタル化移行完了により、周波数の再割り当て議論が始まる可能性もある。阪田氏は、そうした政策上の動きからも影響を受ける可能性もありそうだと話した。
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